ちゃんと夏したい、なんて毎年思っている。でも会社勤めをしているとちゃんと夏できる機会なんて短い夏の何回かしかない週末しかないんだよな、と思いながら、いざ夏が終わってみるといつもと変わらないことをしていて(その行為の場所がいつもと違う場所になることはあるにせよ)、別に夏しかできないことをするわけでもないけど、じゃあそれで満足していないかというと別にそうでもない。
満足の閾値が下がっているのかもしれない。たかだか数日でできることなんて限られているということを知ってしまっているから。だからたぶん能動的に夏するんじゃなくて、受動的に夏されることで満足しているのではないか。いつもの一週間の繰り返しが夏の色になるとき。
明るいうちに建物に入って、建物から出たらすっかり暗くて、でも太陽の光がないだけで外はまだ蒸し暑くて、たまに夜の風が吹いている。あるいは会社を出たらまだ外が明るい。半袖のシャツ、日差しをガラス越しに眺めながら飲むアイスコーヒー、ミラノサンドの牛カルビ、松屋のうまトマ(ただしこれは夏じゃなくでも食べられるようになった)。
今年も水族館に行って美術館に行って、夏が終わりそうな気がする。それで今年も夏したと、きっと満足しそうな気がする。