考えたくなったら美術館へ行け

びっくりするぐらい毎日頭に思考が浮かんできて何かを書く時期もあれば、びっくりするぐらい何も思い浮かばない時期があって、今は間違いなく後者にあたる。過去の旅行中に書いたものを書き写すことぐらいしかできなくて、それは別に書くことが頭に浮かんできている訳ではない。イラストにしたほうが思っていることをうまく表せるというイメージよりも言葉の羅列ばかりを作ってきた自分には信じられないことまで起こっている。一時は読書も全く進まなかった時期もあったけど、秋田や青森で美術館に行ったらなんとなく考えることが少しずつまたできるようになったと思う。考えたくなったら美術館へ行け。

東京国立近代美術館「記録をひらく 記憶をつむぐ」。記録、記憶とは単刀直入に行ってしまえば戦争のことだ。戦争画の展示には相当の「配慮」を伴う、と書いたのはどの本だったのか思い出せない。展覧会名に「戦争」の文字を使わず、メディアとの共催ではなく単独での開催となり、宣伝も大して行われなかったのはひとえに予算の問題もあるだろうが、こういう「配慮」が最大限行われた結果なのではないかと思う。

戦争体験のドキュメンタリーでも、国家総動員体制が、戦地に行くことが、そこで死ぬことが「当たり前」、普通のことだったという空気があった、という証言を聞く。ここに展示されている絵画や資料は、その「当たり前」を形成し増幅しまた反映したものである。

芸術であれば「当たり前」を強調するよりも、それを揺るすがときのほうがきっとエネルギーは大きくなる。でも、必ずしもそういう価値観で動いていなかった世界が、いや、「当たり前」を揺るがすなんていう行為が許されない時代が確かにあった。コミュニティの性質が変わり、身体的ではなくここにはいない誰かとのつながりがリアルになった戦後80年という場所からは想像もできないような時代がたしかにそこにあったということを、これらの作品があらわしている。

そのようにコミュニティが変質しきった、いや、変質しつつあった、平成以降、東日本大震災前夜までの日本で生まれた作品たちに焦点を当てたのが国立新美術館「時代のプリズム」。芸術は海外のアーティストと混ざり合い、コミュニティを、協業を、関係性を志向するようになった。アートフェスティバル、芸術祭の流行は特に日本において独自に発達したものだけど、おおよそ関係性といったキーワードはいわゆる「現代アート」の世界では主流のものだ。

それまでの歴史で「なかったこと」にされていた人たちからの制度への揺さぶり。それが現代アートのひとつの要素になっている。しかし、過度の関係の創造、社会への問いかけは別の新しい排外的な集団の創造へと至らないか。「線によって何かを接続するという行為には、必ず何かを分割するという対極の意味がついてくる」*1。結局それはまた新しい、争いの火種を作らないか。あるいはもうすでに、小さな戦争の欠片たちの瓦礫のうえにいまの社会はあるのかもしれない。

いつだって、何かについての悪口を言う方がそれを賛美することより安全なのだ*2

 

*1:鈴木ヒラク, 『DRAWING』, 左右社, 2023, 29P

*2:グレイソン・ペリー, 『みんなの現代アート──大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるために』, フィルムアート社, 2021