『実存から実存者へ』を読むと落ち着く。たぶん特に「イリヤ」の説明のくだりとかをいろんな本で何度も読んだからだと思う。実家のような安心感とは違うけど、共有できるイメージがあることの安心感。
夜、知らない街でチェーンのコンビニを見つけたときの安心感に似ているのかもしれない。小出駅の駅前のホテルに泊まったら、最寄りのコンビニまで徒歩20分の距離にあった。店なんて開いている訳もない地方都市の夜20時、魚野川を渡り、一本裏に入れば街灯もほとんどない初めて来る夜の街を20分歩いてようやくたどり着いたセブンイレブン。店の中に入るとそこは家の近所とほとんど同じセブンイレブンなんだけど、何かそれに安心した自分がいる。
何の話だ。『全体性と無限』を読んでいる。何故かはわからない。『倫理と無限』『レヴィナス入門』『レヴィナス読本』でなんとなく予習はしたけれど、難しい本である。初めて来る知らない街の夜道を歩いているようだ。だからふと、『実存から実存者へ』へ戻ってくるとなんとなく安心する。小出のコンビニは目的地だった。でも『実存から実存者へ』は目的地ではない。だからやっぱり違うのかもしれない。
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『全体性と無限』を読んでいる理由はわからないけれど、買った理由は覚えている。半額だったからだ。講談社学術文庫版。難しい本だ。しかし、幸い国立国会図書館デジタルコレクションで合田正人訳のほうも読めるようになっていて、本当に何を言っているのかわからないときにこっちもあわせて読むと、なんとなく輪郭がぼんやりと見えてくるような気がする。同じ交響曲を違う指揮者・違うオケで聞くなんて何度もやっているのに、同じ本を違う訳で読むということをやったことがなかった。いいことを知った。講談社学術文庫版は電子で持っている。違う訳はどうせなら紙で持ちたい。だから岩波書店は早く『全体性と無限』を重版してください。下巻がどこに行っても売っておらぬ。