なにもないのが一番いい

今年も近くの高校が文化祭をやっていた。自分が高校生だったころ文化祭を3年間サボり通すことに成功したのは高校3年間でひとつの信念を持って成し遂げたほぼ唯一のことだと言っても過言ではない。

家の近くで祭りをやっていたせいなのか、いつも行くドトールも混んでいて、いつもなら1時間ぐらい読書していても何も言われないのに今日は1時間できっかり追い出された。祭り如きで普段来てないドトールに来てんじゃねーよ、と思いながら、いや、いつも見る顔だから追い出しやすいと思われたのかもしれない、と思い直したら悪いものでもない気がしてきた。

商店街に人が多い。人混みは嫌いではないけど嫌だ。ハレの日は嫌いだということを改めて思い知る。行事が嫌いだ。いつがハレなのかは自分で決めるものであって、定められたハレの日が嫌いなのだと思う。毎年ドラフト会議の日は寿司を買って、ドラフトを見ながら寿司を食う。でも最近は野球も別に一生懸命見ている訳でもないので、ドラフト候補の知識がプロ野球しか見ない人と同じぐらいしかない。だから最近はあまり見ていても面白いとは思わなくなった。

特に欲しい万年筆もなければ欲しい手帳もない。万年筆は通常販売品として出回っているもので欲しいものはだいたい手に入れてしまったので、あとは好みの限定品でも出ない限り買いたいとは思わないのだろう。ビンテージを集める趣味もない。購買意欲をそそられる時期のはずなのに今年は本当に何もない。行きたいところもない。やりたいこともない。ふと一人になると気分が沈んでいるのがわかる。でもそれぐらいのほうが読書は捗る。ひたすらレヴィナスハイデガーを読んでいる。それでいい。何もないのが一番いい。

何もしないことは、あらゆる悪徳の始まりであり、あらゆる美徳の頂点である。
フランツ・カフカ

何もしないでいることほど難しいことはない。
(ジョニー・オデル)