人見知りなのでAIと世間話をしたことがない。仕事でAIは使うけど、そうじゃないときには使わない。
みんな何かを訊いたり、愚痴を聞いてもらったりしているらしい。私は人見知りだし一人でいるのが好きだから、愚痴を聞いてもらったり世間話をする相手が欲しいと思ったことがなくて、だからその代わりに10年以上もノートなり手帳なりを持ち歩いている。普段から誰かに何かを話したいと思うことはないし、誰かに話したいと思うことはない。それは相手がAIだろうと人間だろうと変わらない。ブログに書きたいと思ったことはブログに書けばいいし、手帳に書きたいと思ったことは手帳に書けばいいし、そうでないものは忘れればいい。
何か調べものをしたところで、出典も示さずに自信満々に返ってくる答えには不安しか感じない(どうしてみんなAIの答えをそんなに盲信できるのかと思う)。それで結局自分で裏を取りに行く。じゃあそのワンステップは最初から要らないということになる。だからなんか安易に話しかけられない。私が求めているのは答えではなくてテキストなのかもしれないし、そもそもそれを導き出すプロセスを楽しんでいるのかもしれない。
でも便利なものであることには違いないので、前述のとおり仕事では使うのだけど、依頼するときにはみんな口語体で打ち込むのだろうか? と毎回文末で迷う。最初に打ち込むところはいいんだけど、そのあとの先方から追加で提案があったとき、それをどういう文面で返せばいいのか、しっくりこないままEnterキーを押している自分がいる。相手は人工とはいえ知能を持っているのだ。なんて思われているのかわからない(別に人間と違って訊けば教えてくれるのだろうけど)。
私達はついにディスプレイの中のアプリケーションとのやり取りにさえコミュニケーション能力を問われる時代に投げ込まれてしまったのだ。それが人類の望んだ世界なのか。そのうち「AI疲れ」なんて言葉が出てくるのではないか。これならコマンドプロンプトのほうがまだ心理的に楽だ。黒い背景に白い文字で行われる、何の装飾もない無機質なやりとり。 相手が知らない言語はすべて「内部コマンドまたは外部コマンド、操作可能なプログラムまたはバッチ ファイルとして認識されていません。」としか返してくれない。コマンドの綴りをうろ覚えで打ち込んですいません、と言いながら入力を修正する。私にはたぶんそのほうがあっている。