朝活しても寝る

酒を飲めばすべてが忘れられる人が羨ましい。嫌なことがあっても酒では忘れられない。でも酒は飲みたくて、鎌倉で買った酒を飲み6時間不貞寝したら、その事実自体は忘れられなくても、その事実から発生する悶々とした状態は抜けていた。要するに「読書できるコンディションですらない」という状態ではなくなった。すかさず『存在と時間』を読む。『存在と時間』は邪念が少しでも入ると読めなくなるから、このままハイデガーの思想の世界に没入していけばきっと嫌なことも忘れられるであろう。

ストレスが溜まる感覚がよくわからなければストレスを解消するという感覚も実はあまりよくわかっていない。料理をしたり、何かに集中したりすれば嫌なことは忘れられるということは知っているけれど、解放的な気分になる、という感覚は料理にはない。たぶん国会図書館に1日じゅう籠って、17時に外に出た感覚が一番それに近いのかもしれなくて、実は国会図書館に籠って1日中調べものをするのはストレス解消なのかもしれない。まず調べるものがないと調べものはできないがな。

大学生のとき以来に『存在と時間』を読んでいて、まだ岩波文庫で言うところの1巻の半分ぐらい(第1篇第2章)だけど、存在を「あり方」であるとか「しつつある」とか、「関係」など、要するに不定的な、変数として捕えようとしているんだなという気がする。それにしても序論でまず「問う」とはどういうことか、などという話を始めており、「そういうところがこの本を未完に至らしめたのではないか」と言いたくなる。

まだ朝の4時半である。朝活。そりゃ夜9時半から朝の3時半まで寝たのだからもう少し起きていないと割に合わない。でも空いた時間でやることといえば手帳を書くか本を読むかで、読む本がハイデガー以外にウィトゲンシュタインか分析形而上学の本しかない。早起きして読んでいると遅かれ早かれ寝る運命にある。だから私には朝活なんて無理だし、朝型のリズムになれるとも思っていない。