徳島にいったい何があるというんですか?(徳島紀行: 9)

「みなさん何が目的で徳島に来られるんでしょうねえ」

脇町のうだつの街並みから少し離れたところのコーヒースタンドで、コロンビアの浅煎りを淹れてもらっている間、そういう話をした。

四国を回っている感じですか、とも訊かれた。いえ、徳島だけなんです、と答える。徳島の人の感覚としては、徳島はそこを目指すところではなくて、「立ち寄るところ」なのかもしれない。かつての自分がそうだったように。そして、そういう自分でさえ「泊まったことがないから」というやや邪な理由で徳島に来ている。

ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』という村上春樹の紀行文集がある。このタイトルはラオスに行く氏に対が中継地のハノイベトナム人に言われた言葉である。それに対して「僕には答えようがない。だって、その何かを探すために、これからラオスまで行こうとしているわけなのだから。」と書く。「それがそもそも、旅行というものではないか。」とも。

自分が徳島に何があるかを探しに来たか、といえばそうではないかもしれない。阿波藍の体験施設や、美術館があることを知っていて、そこを訪れているから。それでも2泊3日は十分に過ごせる。観光地は確かに少なく、それぞれの観光地も結構離れているから、移動の時間もかかる。でも、ひとつひとつの場所でゆっくり過ごせるし、行きたいところが多すぎて、時間に追われるということもない。更に、その移動の時間を、観光の時間と同じように楽しめる広い心があるなら、徳島はもっと楽しいと思う。

地方で浅煎りのコーヒーを飲める場所は貴重で、旅先でコーヒースタンドに行くと結構な割合で浅煎りを注文する。今回も徳島に来てから何軒か喫茶店に行ったけど、深煎りのコーヒーしか飲んでいなかった。徳島は意外と、と言ってはなんだけどコーヒーに力を入れている店が多い印象がある。一部のコーヒーマニアからカルト的な人気を誇るアアルトコーヒーも徳島だ。でもアアルトコーヒーも基本的には深煎り寄りの店である。

浅煎りが苦手な人はアイスコーヒーで飲むのがいいと思う。あの酸味はアイスにするとそれこそジュースのような味わいになる。ホットコーヒーなら浅煎りが選べるけど、アイスコーヒーになると浅煎り用の深煎りブレンドしか選べない、という店が少なからずあるのが残念である。ここはそんなことはなく、浅煎りのコーヒーがアイスで飲める。

アイスコーヒーを片手に、再び穴吹の駅に向かって32℃の道を歩き出す。コーヒーは吉野川を渡る前に、氷ごとすっかり溶け切っていた。吉野川とその空は、来た時よりももっと青くなっている気がした。吉野川とその空を写真に収めていると、「ゆうゆうアンパンマンカー」という車両を連結した特急「剣山」が穴吹の駅に着こうとしているのが建物の間からわずかに見えた。次の目的地、阿波池田行きの普通列車の発車まであと15分。待ち過ぎず急ぎ過ぎず、ちょうどいい時間に穴吹の駅に着くだろう。