道路標識の本の思い出

子供の頃、リビングの本棚に置かれていた、自動車の本をよく読んでいた。読んでいたと言うより、描かれていたイラストを眺めていただけかもしれない。特に熱心に眺めていたのは道路標識が書かれていたページだった。見慣れたものや全く見たことのないものが、何ページにも並んでいる様が大好きだった。

しかしその本は、小学生になってしばらくした頃には本棚から消えていた。母親にその話をしても「そんなものもそういえばあったね」ぐらいの反応であり、その本が一体何だったのかはわからない。わからないから母親を連れて隣町の図書館*1に行って司書の人に訊いてみた。「道路標識のたくさん載っている本を知りたい」と(余談だが、これが私が初めて図書館のリファレンスサービスを利用した瞬間である)。しかししばらく待って出てきた数冊の本は、どれも私が読んでいた本とは明らかに異なっていた。私が読んでいた本にはもっとたくさんの標識が書かれていて、何より、もっと文字が小さくてたくさん書かれていたのである――

結局、私が読んでいた本が何だったかわからないまま何年かが経ち、それが何だったのか追及することも忘れていたある日、その答えは母親から急に告げられた。運転免許の更新に行ったという母親が警察署でもらってきたという「交通の教則」という冊子を開くと、遠心力の説明のためのカーブを曲がるトラック、速度と衝突のときの衝撃の関係を説明するためのビルと自動車、そして最後ほうのページにびっしりと書かれた道路標識と、まさしく私が読んでいた「本」そのものであった。まるで昔の友人に久しぶりに出会った時の興奮と喜びがあったのをよく覚えている。しかし今思うと図書館で探してもらって出てくるはずがない。これは「本」ではないのだから。

免許の更新に行って、「交通の教則」を貰ってくるたびにこのことを未だに思い出す。それにしても、昔に比べて道路標識のページが減ったと思うのは気のせいだろうか。昔からこのぐらいの分量しかなかったのを、未就学児だった私は沢山のページがあると思っていたのだろうか。昔のものがもうないので本当のところはわからない。ずっと昔のものを持っている人がいたら訊いてみたい。それとも、車関係の古本屋に行けば売られているのだろうか。

*1:当時私の住んでいる町には図書館がなかった