理由は覚えていないが、父親を許していない

父親を許していない。理由は忘れた。

決定的に酷いことを言われて、もう死ぬまで許さないと思ったことまでは覚えているのだけど、何を言われたのかは忘れた。確か夕食のときで、珍しく母親も怒っていたのも覚えているし、部屋にこもったあとで「何で椅子を投げつけるか包丁で刺さなかったんだろう」と思ったことぐらいには覚えているのに。本当に一歩間違えば、過ちを犯していたかもしれないのに。

私にとって父親とは、その程度の存在だったのかもしれない。父は今の実家に引っ越してきた直後ぐらいから、定年後の再雇用が終わるまでその殆どが単身赴任だった。私は前の家の記憶が殆どないし、父が退職する前に東京に出てきたから、家に父親がいる、という生活を送った経験が殆どない。私の指す「家族」に、父親は入っていなかった。父親が帰ってくる日というのは、多分他の人で言う親戚に会う、ぐらいの特別な日だった。親戚には人生で4回ぐらいしか会ったことがないのでよくわからないけど。

所詮、それぐらいの存在だったから、恨み、といっても、それほどのものでもなかったのだろう。実の父親から言われたといっても(一応、先祖調査の過程で実の父親であることは確認している)、親戚から言われたのと大差なかったのかもしれない。だから、これぐらいの記憶しか残っていないのかもしれない。毎年、年末年始には実家に帰るし、ちゃんと顔も合わせるし、普通に会話もする。包丁で刺そうと思うこともない。でも、許さない、という感情だけは残っている。しかし、理由を忘れてしまったので、その原因を解決して許す、ということをすることができない。