大人数の飲み会苦手症候群

学生時代のつながりで飲み会に行くと誰とも喋らない人生を送ってきた。誰とも喋らない時間がない時間がない大人数の飲み会なんて、少なくとも大学や高校関係の集まりで存在した記憶がない。むしろネットで集まった人たちとの飲み会のほうがずっと喋っていた。同窓会やサークルの飲み会と称するものは、みんな私以外の誰かと楽しそうに喋っていて、私はただそれを遠くから曖昧に笑っていたり、あるいは気づいたら私の周りに誰もいなくなっていた。居酒屋のテレビで流れているサッカーの日本代表の試合を、最初から最後までぼんやりと眺めていた日もあった。

高校は合唱部にいて、大学は大学の合唱サークルに入った自分と、大学でも地元の社会人の合唱団に入った、ただそれだけの違いなのだけど、地元の合唱団に入った人たちにとっては高校の同窓会といえども「今のつながり」の飲み会で、大学の合唱サークルを選んだ私は「過去の人」であった。私がかけがえのないつながりだと思っていた人は、彼らにとって見れば過去の知り合いの一欠片にすぎなくて、彼らは彼らだけで盛り上がっている。それを遠巻きに眺めている時間が30分ぐらいあったときにそんなことをぼんやりと考えていた。

高校生だった頃から、学校に関係のない時間帯まで一緒にいるという交友関係を作れなかった。家が遠かったこともあって部活が終わった後にマクドナルドに寄ったりカラオケに行ったりなんてことは殆どしたことがなくまっすぐ家に帰っていたし、土曜は土曜で午前中の部活が終わったら隣の駅にある大きな本屋まで歩いて行って、本を買って帰ってくるような生活だった。部活は部活、それ以外はそれ以外、そんな今どきの会社の人付き合いみたいな生活を高校生の頃からしていた。だから部活として集まっている時はかけがえのない仲間だったけど、それを離れたらただの他人であった。もうそれはその当時から始まっていたことだった。

そういう私が悪いので、集まって楽しい「今のつながり」である人達だけで集まって楽しんでください、というのがすべての同窓会に対する私のスタンスです。