本は全部読む必要はないという境地

Hontoポイント3倍とか5倍に踊らされてバンバン本を買っている気がするが、相変わらず東京美術の「もっと知りたい」シリーズだの『デュシャンは語る』だの『奇想の系譜』を買っているので、趣味は読書というより美術である。

最近本は全部読む必要ないという境地にようやく達してきたような気がする。読みたいと思ったタイミングで買って読んで、必要そうなところだけ読んで、読むのが辛くなってきたらやめて、また読みたくなったらその時に読む。美術だの地理だの鉄道だの色彩だの地名だの人名だの水族館だの、興味がコロコロと変わる自分は特にそうであって、美術でも日本美術だったり西洋美術だったり、21世紀の美術だったと思ったら急に浮世絵になったりひどいときには古伊万里に走ったりする。読めるときに読む。読めないときは読まない。全部読まなくて良い。残された時間は長くない。

『名画を見る眼』『近代絵画史』『20世紀の美術』と高階秀爾氏の著作を立て続けに読んだのだけれど、この国の西洋絵画史観はこの人を中心に形成されたのではないか、という気がしないでもない。それよりも先に「山田五郎のオトナの教養チャンネル」で美術に触れた人からすると、このYoutubeチャンネルで提示される「従来の定説」はどこにあったかというとこの「高階史観」というべきものにあるのではないか、と。

昼食にホテルのビュッフェに連れて行かれた。それで腹が減っていなくて、夕飯に初めてパスタサラダを食べた。腹が減っていないが適当になにか食べなければいけないとき、始めてパスタサラダが選択肢に入るものなのだと思った。